キーボード界の苦行、一度知ってしまうとやらずにはいられないルブについてのお話です。
ルブをするのに必要なアイテムや、あると作業が楽になる便利アイテムを紹介しつつ、ルブがいかに苦行でどれほどの効果があるのかをご紹介します。
知ってしまったが最後、心からやりたくないと思いつつ身体はルブを求めてしまうのです・・・
ルブとは?
”ルブ”とは潤滑剤のことでlubricantの略称です、グリスとオイルの2種類があり、主にスイッチに使われる潤滑剤はKrytox GPL 205g0やKrytox GPL 105が一般的です、他にもTribosys 3203、3204等があります。
リニアスイッチには205g0、タクタイルスイッチにはTribosys3203が相性がいいと言われています。
Krytoxシリーズは様々な工業製品に使われる高性能の潤滑剤で、その性能は折り紙付きですがその分値段も高くなります。
一昔前までは入手性が悪く海外から入手するしかなかったようですが、今は国内ショップの遊舎工房さんでも入手できます。
ただし、粗悪な偽物を売っているショップもあるみたいなので信用のあるショップで購入するほうが無難です。
国内だと遊舎工房さん、海外ならswagkeysが送料も安くてオススメです。
ルブの効果
スイッチの内部はプラ製のパーツ同士が擦れ合ったり、スプリングが伸び縮みを繰り返す環境なので、キーの押下時に擦過音が出たり、カサカサと引っ掛かるような感触がしたり、スプリングの伸び縮みによりシャリシャリ音が出たり、その他にも出てくる音が結構多いのです。
潤滑剤(ルブ)を使用することにより、上記の問題を改善することが出来る上、滑らかさを更に向上させ、塗り方によっては音を抑えるような効果にも期待ができます。
ストンと落ちる感触が特徴のリニアスイッチではその効果が顕著に現れます、キーの押下時に感じていたカサつきや擦過音は消え去り、スプリングも”ほぼ”無音に近い状態までもっていけるので、ルブ前とはまるで違うスイッチのように感じられます。
スイッチによっては工場での製造段階で予め薄く潤滑剤(ファクトリールブ)が塗られている場合があり、買ってそのまま使えるものもありますが、量や塗り方にバラツキがあり、均一性に難がある物も多く、当たり前ですが手作業で丁寧に塗られたルブの方が感触は良いです。
拘る人は超音波洗浄機を使ってファクトリールブを落としてから改めて自分でルブをするようですが、私はあまり気にせずファクトリールブの上から塗ってしまいます。
スイッチ用に使用するkrytoxシリーズやtribosysシリーズ等の潤滑剤は高性能であるが故に一度塗ってしまうと除去する事が難しいので、使用の際には十分注意して下さい。
スイッチのルブに必要なもの
ルブ作業をするにあたって必須で必要になるものと、必須ではないけどあると便利なものがあります。
必須アイテム
潤滑剤と筆
必須で必要なものは潤滑剤と塗る為の筆です。
潤滑剤はKrytox GPL205g0(グリス)とKrytox GPL105(オイル)を使います、前者はスイッチのプラ部分、後者はスプリングに使用します。
平らな面に塗ることが多いので、筆は平筆と言われる筆の先が平らになっているタイプがオススメ。
私はタミヤのモデリングブラシ HGⅡ 平筆 極小を使ってます、模型塗装用の筆なのでスイッチとの相性も抜群でとても塗りやすいお気に入りの筆です。
あると便利なアイテム
ルブと筆さえあれば潤滑自体は出来るのですが、流石にそれだけだと面倒な手順もあり時間も掛かるので専用品をいくつか揃えておくと圧倒的に楽で便利です。
スイッチオープナー
まずはスイッチを開けるためのスイッチオープナー、3Dプリンター等で作られた樹脂製のものや金属製のものがありますがスイッチを開ける性能に違いはありません、見た目の好みで選んでしまって問題ないです。
こんな感じでスイッチを置いて上から押すだけでツメが外れて簡単にスイッチを分解できます。
上が一般的にCherry MX、MX互換スイッチ用と言われるツメが4つあるタイプに使うもので、下がkailhタイプと言われる繋がったツメが特徴のスイッチに使う物になります。
オープナーを購入する際は2 in 1のMX・kailh両方のタイプに使える物を購入しておくと後で「形状が合わなくて開けられない!」とならずに済みます。
マイナスドライバーやピンセットでも分解は出来ますが、通常のキーボード用だと70個~100個程のスイッチを分解することになるので、オープナーを使わないとかなり大変です。
ルブステーション
ルブステーションは分解したスイッチを固定する為のアイテムです。
手で持って作業するより格段に楽で効率も良くなる(ただしはめ込む時間は掛かる・・・)ので、一つは持っておきたい便利アイテムです。
色々なショップで取り扱いがありますのでお好きなものをチョイスして下さい。
ルブステーションは出来るだけ大きい物を選ぶ事をオススメします、小さいものだと、固定して塗って嵌めて・・・という作業を2回3回と繰り返すことになるので非常にめんどくさいです。
100個前後を固定できる物であれば必要数をほぼカバー出来て、作業を繰り返すことなく進められるのでとても楽ちんです。
オススメはMonstargearのルブステーションです、最大105個のスイッチを固定できる優れものです。
ステムホルダー(ジェムホルダー)
このようにステムの十字部分をつかんで固定できるボールペンほどのサイズのアイテム、これの有無でルブを塗る際の手際が変わってきます。これも各ショップで売っています。
写真のような筒タイプと針金が飛び出てくるタイプがあります、どちらでも大して違いはないのですが、個人的には針金が出てくるタイプのジェムホルダーがオススメです。
ジェムホルダーを使うとスタビライザーの2Uワイヤーも掴めたりして便利です。
ルブに必要なアイテムまとめ
- 必須アイテム
- ルブ(必要に応じて種類を選択)
- 筆
- あると便利なアイテム
- スイッチオープナー
- ルブステーション
- ステムホルダー(ジェムホルダー)
この5つがあればルブの準備は完了です。
ルブのやり方 ー通常版ー
ルブは人によってやり方が違いますので、どれが正解ということもないので一般的にこうするといいよと言われているやり方と、私自身のやり方の2通りを紹介します。
今回はリニアスイッチのルブについて説明しています、タクタイルスイッチの場合は塗る部分が少し異なります、クリッキースイッチは構造上ルブを塗るのにはあまり適していませんのでそのまま使用する方が良いでしょう。
ルブ作業が苦行と言われる理由の一つに非常に時間がかかることが挙げられます、器用さにもよりますが、平気で3時間以上掛かったりするのである程度覚悟が必要になります。
作業自体も細かい作業が中心になるので人によっては本当に苦痛になりかねません、アニメやドラマ、映画でも垂れ流しながら作業すると良いでしょう。
1.スイッチを分解する
今回はKTT strawberry V2というリニアスイッチをルブしていきます。
ステムのグラつきもなく、値段も安めで音も良い優れたリニアスイッチです。
各部の名称
・トップハウジング
ハウジングの上部パーツ
・ボトムハウジング
ハウジングの下部パーツ
・リーフ
ステムの脚により接点が付いたり離れたりして基板に入力を認識させるためのパーツ
・ステム
スイッチの軸、ピョコッと飛び出している部分をステムの脚(leg)と言います。
・スプリング
スイッチの押下圧を決めるパーツ、短い物から長い物、更には巻数が場所ごとに違うもの、プログレッシブタイプなど様々な種類があります。
重さも一般的には30g程度から80g程度まで、更に特殊な用途としてもっと軽いものや、最早ネタとしか思えない100g超えの物まで存在しています。(噂によるとスイッチを破壊してしまうレベルのスプリングまで存在している模様)
スプリングは個別で購入できるので、感触や音は好きだけど重さが合わない・・・と言う場合にスプリングのみを交換して自分好みの重さに変更出来ます。
2.ルブステーションに固定する
スイッチを分解したらトップハウジングを外してルブステーションに置いていきます、外したトップハウジングやステムを入れておく小さいボウル等があると便利です。
写真ではトップハウジングのみ外して固定していますが、先にステムとスプリングを外しておくと固定する際に勢い余ってステムやスプリングがすっ飛んでいく事故がなくなります。
3.ボトムハウジングのルブ
まずはボトムハウジングのルブから始めます、ルブステーションに置いたボトムハウジングの左右のレールと底面、軸受けの周囲にルブを塗ります、筆にルブ(GPL 205g0)を少量取り左右のレールと底面に塗っていきます。
- 左右のレール部分に1回ずつ筆を走らせる
- 筆をまっすぐに立てて軸受け部分を軸に2周ほどクルクルと回すように筆を動かす
- 仕上げにもう一度左右のレールに戻り、2,3回ルブを薄く伸ばし、整える
※ルブの塗り方は人によりけりなので、効率が良い・ルブ後の感触が良い、と思う方法を自分で探りつつ最適解を見つけて下さい。
塗り過ぎるとネチャネチャしたり動作が重くなったりしますので、薄く薄くを心がけて塗るようにして下さい。
リーフ(金属部分)と真ん中の軸受け部分には塗らないように気をつけて下さい、この軸受け内部にルブが入ってしまうと底打ちの感触がネチャついたり、打鍵音がおかしくなります。
リーフは薄い金属なので曲げてしまうと入力を認識しなくなったりスイッチの破損に繋がりますので注意して下さい。
4.スプリングのルブ
ボトムハウジングのルブが終わったらスプリングのルブに移りましょう、スプリングのルブのやり方は2通りあって、スイッチで使用した205g0をスプリングの両端に塗る方法と、オイルタイプの105を使用する方法です。
どちらを選んでも問題ないのですが、スプリング一つ一つに筆で塗っていくのは手間が掛かりますので、今回は105を使用してバッグルブと言われる方法でルブをしていきます。
方法は簡単で、チャック付きのポリ袋にスプリングを入れ、そこにオイルを垂らしてシャカシャカとシェイクするだけです。
ポリ袋は百均で売っていますので入手も簡単です。
ルブの量はごく少量で大丈夫です、数滴入れるだけで十分に効果を発揮します。
シャカシャカポテトよろしく振りまくるとこんな感じになります、ルブが全体にいきわたって均一に潤滑されています。
スプリングをポリ袋から出したら絡まってるスプリングをピンセット等で優しく外しておきましょう。
外し終わったらルブステーションに固定してあるボトムハウジングにさながら田植えのごとく戻していきます。
5.スイッチフィルムの挿入
こちらがスイッチフィルムです、ボトムハウジングとトップハウジングの隙間を埋める役割があります。
素材はPCやフォーム系と色々ありますがフォーム系の方が潰れて隙間にフィットしてくれるので使い勝手は良いと思います。
スイッチによってはトップハウジングのツメが緩かったりして、上下のハウジングを持って横にグリグリするとグラつくような物があり、グラつきのせいで打鍵音に影響が出ると言われています、それを改善する為のアイテムがスイッチフィルムです。
最近のスイッチは精度も良く、フィルムが必要な物はあまり無いとは言われていますが、私はハウジングの形状等で使用できないものを除き全てのスイッチにフィルムを使用しています。
大体1パックにスイッチ120個分前後入って$7程度の値段なので、おまじない的な感じで使っています。
このようにハウジングに置いていきます。
写真ではスプリングの田植えが終わってからフィルムを置いていますが、フィルムに引っかかってスプリングが吹っ飛んで行方不明になる事故が稀に発生しますので、スプリングを植える前にフィルムを置いたほうがやりやすいかと思います。
フィルムの使用は好みの問題ですので個人で使う使わないを選択して下さい、グラついてるなーと思ったら入れるくらいで良いと思います。
それくらい最近のスイッチは精度がよく、グラつきもほぼ感じないものが多いです。
6.ステムのルブ
スプリングやフィルムの挿入が終わったらステム部分にルブを塗っていきます、既に人によっては2時間程が経過しているかと思いますがご安心下さい、おそらくまだ1時間以上かかります・・・
リニアスイッチの場合はジェムホルダーで掴んでいる十字部分と裏側、真ん中から生えてるポール以外のすべての部分にルブを塗っていきます。
タクタイルスイッチの場合はステムの脚(leg)にルブを塗らないように注意して下さい、肝心のタクタイル感が失われてしまい、ただのリニアスイッチと化す可能性があります。
こんな感じで薄くコートするように全体にルブを塗ります、これでも若干塗りすぎたかな~となるくらいなので、とにかく薄く薄く塗るように心がけて下さい。
ルブは少量で効果を発揮します、薄い分には後で調整できますが、多いものを減らすのは非常に大変なので気をつけましょう。
こんな感じで塗り終わったステムをスプリングの上に乗せていきます、田植えに次ぐ田植えで気が滅入りそうですが、ここまでくれば作業終了は目前なので、もうひと踏ん張り頑張りましょう。
7.トップハウジングを戻して完了!
お疲れ様でした!後はトップハウジングをパチパチと戻していけばルブ作業は完了です、トップハウジングを戻す際にフィルムがズレて後ろに飛び出すことがありますが、焦らずにオープナーで開けてフィルムをちょいっと押し込んでやればOKです。
後はお気に入りのキーボードに取り付けて楽しむのみ、苦行を乗り越え完成したスイッチの感触を思う存分楽しんで下さい。
ルブのやり方 ー時短verー
ここまで読んでいただいた方はルブというものがどれだけ時間がかかるのかご理解いただけたと思います、流石にそこまで時間がかかるのはちょっと・・・と思う方も多くいらっしゃるかと思います、私は今でも出来ればやりたくはないです。
流石に時間がかかりすぎてなんとか手抜き時短出来ないかと思い、色々調べて一つの答えにたどり着きましたので時短verもご紹介します。
時短verなどとカッコつけて言っていますが、手順3のボトムハウジングのルブをすっ飛ばすだけです。
ボトムハウジングに塗らなくてもステムに塗るだけで擦れる部分はカバーできてる訳だし問題ないんじゃないの?と思って調べた所、その手順でやっている人も結構いて、実際自分で試してみてもあまり違いを感じられなかった為、それからはボトムハウジングにはルブを塗っていません。
この場合の手順をまとめると
- スイッチを分解する
- ルブステーションに固定
- スプリングのルブ
- フィルムの挿入(必要な場合)
- ステムのルブ
- トップハウジングを戻す
となります、一つ手順を飛ばしただけですが、これだけでもかなりの時間を短縮できます。
実際に試してみて感触に違いが出ない、違いがわからないならばこのボトムハウジングのルブは飛ばしてしまって構わないでしょう。
ステムとボトムハウジング両方にルブをすると塗りすぎになる場合もあり、それを防止できるという意味でも先にこちらの手順で1つ試してみて、不足していると感じた場合にのみ、改めてボトムハウジングにもルブを施すと良いでしょう。
まとめ
- スイッチにルブを施すためには潤滑剤と筆が必要
- 潤滑剤は国内ショップでも取り扱い有
- その他にもルブ作業を楽にする便利アイテムがいっぱいあるよ
- 非常に時間が掛かる作業なので何か見ながら聴きながら作業すると気が楽です
- ルブを塗る時はとにかく薄く塗る事を心がけよう
キースイッチ関連の話題でよく取り上げられるルブですが、その苦行っぷりから買ったまま(stock)の状態でしか使わない、という方も多いと思います、そもそもルブの存在を知らない方もいます。
ルブをしないなんて勿体ない!絶対やるべき!とまでは思いませんが、stockのままでしか使っていないという方は一度くらいはルブ済みスイッチを体験してみて欲しい所ではあります。
潤滑剤もそこそこ値が張り、必要な物も多いので初期費用はある程度掛かってしまいますが、一度揃えてしまえば長く使えるものも多いので、今後ルブすることが多くなりそうな方は、思い切って一式揃えてしまうのも大いにアリだと思います。
ルブと言う言葉は聞いたことあるけど実際どうやるの?という方に向けてこのような記事を書いてみましたが、少しでも参考になっていたら嬉しい限りでございます。
皆様のキーボード体験がより楽しく、より良いものになることを願っています。
それでは今回はこの辺で、またお会いしましょう。
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